理性を磨く手段としての外国語学習、学問、資格、勉強の楽しみを語る

通信課程なんて出て意味があるの?

通信制の大学に入学した後、「通信制の大学なんて出ていったい何になるんだ? 何にもならないんじゃないか?」という疑問を抱く人も少なくないだろう。

特に単位取得が思ったとおりに進まないと、「どうしてこんなに苦労してまで勉強しなけりゃならないの?」と思ってしまいがちだ。

では、果たして通信制の大学を出て何かの役に立つのだろうか。

慶応通信に入学して3年目になるある女性がインターネット上の某慶友会の掲示板に次のような内容の書き込みをしていた。

「入学以来2年間がんばってきましたが、まだまだ先が長くなりそうなので、中退しようかどうか迷っています。みなさんのご感想を伺いたいのですが、みなさん、慶応通信で勉強して何か得られるものはありましたか? なんか通信で勉強したところで、ただの独りよがりにしかすぎないように思います。将来、何の役にも立たないような気がしてしかたがないのです」

 これに対し、私は次のように答えた。

report「私は慶応通信で勉強し、得られたものはたくさんありました。大量のレポートをこなす上で、知識が増しただけでなく、思考力、読解力、文章力も磨かれました。それだけではありません。集中力や忍耐力も磨かれました。これは実感として明らかに感じていることです。
また、『通信はただの独りよがりではないか』という疑問を抱かれているようですが、けっして独りよがりではないと思います。レポートを提出すれば、ありがたいことに必ずコメントがもらえます。悪いところは指摘されますし、良いところはほめてもらえます。これを繰り返すことによって自分の理解度の優れているところと劣っているところの認識が高まるのです。
通学課程の場合、ほとんどの試験はA、B、C、Dの4段階で評価されるだけで、答案は返してもらえません。授業もゼミ以外はほとんど大教室で先生が一方的に話すだけです。そう考えてみれば、通学課程のほうがむしろ独りよがりの要素は多いと思います。
最後に、通信制の大学を出て将来何かの役に立つかに関してですが、「役に立つ」という意味が就職・転職に役立つとか、昇進するとか、お金儲けにつながるといった外的な報酬に関することであれば、たしかに通信制の大学を出ても、それほど役に立たないかもしれません。どれだけの役に立つかは出てみなければ何ともいえませんし、何の保証もありません。
ただ、「役に立つ」という意味が、人間としてより善く生きるといった内的な報酬に関することであれば、大いに役立つと思います。なぜなら、相当の努力をしなければ卒業できませんから、課題をこなす上で必然的に学力・文書力・思考力・集中力・忍耐力などの力が磨かれるからです。
こうした目に見えない力を磨いたところで、それが何の役に立つのかという疑問もあろうかと思いますが、たとえ今すぐお金儲けにつながったり、昇進につながったりしなくても、力を磨いておけば、いつか、どこかで、どういう形かは分かりませんが、その力を発揮できる場が来るかもしれません。それが学問だと思います。」

このページをお読みになり、「通信制の大学を出ても金儲けに役立ちそうにないな」と思う人であれば、入学はおすすめしない。

私の経験からいっても、直接何かのお金儲けにつながることはあまりないように思う。なにぶん、保証されていない。

しかし、学問を通して真剣に自分を磨きたいと思う人であれば、ぜひおすすめしたい。きっと出てよかったと思えると思う。また余談だが、学歴コンプレックスを持っていた人であれば、がんばって卒業までこぎつければ、その解消にもなるという副産物まで付く。

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