理性を磨く手段としての外国語学習、学問、資格、勉強の楽しみを語る

幸福の本質を見抜け

okane2私がかわいそうだと思うのは、金、金、金…と金の亡者のようになっているような人である。

まるで金が幸せの源泉であるかのごとく考えているかのようだ。

そのような人を見るたび、私はかわいそうだとしか思えないのだ。

たしかに人間、幸せな人生を歩むには一定のお金が必要だ。

また、この世で何か一番の不幸かといえば、必要なお金がないことだといっても言い過ぎではない。それは私自身も分かる。

しかし、一定のお金をもっているのに、さらに金、金、金…と金儲けのことばかり考えている人には言いたいのだ。

一定水準のお金が手に入ったならば、それ以降は、お金儲けよりも、神の御心に耳を傾けたらどうかと。

2010年にノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大学のダニエル・カーネマン教授らの調査によれば、年収約630万円を超えたら、その後年収がいくら上がっても幸福度は上がらないと判明したらしい。

これは病気と健康の関係について考えたらすぐ理解できると思う。

病気の人にとっては、病気が治ることをなによりも望んでいるだろう。

それと同じで、貧乏な人は、普通の生活ができることをなによりも望んでいるだろう。

しかし、病気が治ってしまうと、病気から解放されたいという気持ちは消えてなくなるのと同じで、一定の水準のお金が手に入ってしまうと、貧乏から解放されたいという気持ちは消えてなくなるはずである。

病気が治っても、さらに病気を治そうという人はいないだろう。その必要がないからだ。

しかし、貧乏から解放されても、さらに金を稼ごうとする人がいる。金を稼ぐ要がないのに、稼ぎたがるのである。

そんなにお金を儲けてどうするのかと思う。そんなことよりも、もっとやりたいことをやればいいのにと思う。

聖書にもこう書いてある。

「はっきり言っておく。金持ちが天の国に入ることは難しい。重ねていうが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通るほうがまだ易しい」(マタイによる福音書)

セッセセッセと金を稼いでも、幸せになれるという保証もないし、実際、一定水準のところで幸福度は止まるという調査結果すら出ている。その挙句、天国に入れないのなら、何のためにお金を稼ぎまくるのかと問いたくなる。

金、金、金…の人生よりも、もっとハッピーになれることに時間や労力を費やしたほうがいいのではないか。

では、何をすればいいのか。

私の答えは、自己実現だ。つまり、自分の才能を最大限開花させることだ。心からやりたいと思っていることに専心するのだ。

例えば、皆の前で歌を歌うのが好きな人は歌の練習を重ね、うまい歌手になることが自己実現といえよう。のど自慢大会ででも優勝すればそれなりに達成感も得られるだろうし、CDデビューできれば最高に幸せだろう。

イラストが好きな人なら、イラストレーターになって、さまざまな媒体にイラストを載せてもらえるようになれば幸せの絶頂だろう。

お金がもらえるかという理由ではなく、本当に自分がやりたいからという理由でやるのが、自己実現だ。そしてそれが幸福の本質だ。

もちろん、それには一定水準のお金は必要だが、一定水準のお金さえ手に入れば、お金に執着しないこともまた重要なのだ。

本当はやりたいとは思っていないけれどお金が稼げるからやる、ということを延々と続けても、それは自己実現ではない。単に金を稼ぐためにやっているだけのことで、そんなことを一生続けたとしても自己実現はできないと思うよ。

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