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語学の天才・関口存男のライティングメソッドを考える

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関口存男 by 三修社

語学の天才・関口存男のライティングメソッドについて考えてみよう。

彼はライティングの実力をのばすために「逆文」を推奨している。

逆文とは、原文をいったん日本語に訳してみて、原文を忘れた頃にその訳文を原文に訳すという方法である。この方法だと自分が書いた外国語のどこが間違っているかが一目瞭然だというわけである。

逆文でライティング力をつけたいと思う人は、やってみるのもいいと思う。否定はしない。

逆文も、学習し始めた外国語であり、かつ簡単な文章であれば、文法を正確に覚えるのに役立つような気がする。

ドイツ語にしてもフランス語、スペイン語、イタリア語にしても驚くほど語尾がころころ変化する。英語も語尾は変化するが、英語どころの騒ぎではない。原文を読んで意味が分かる場合でも、ではそれを原文で書けといわれたら、語尾の変化が合っているかどうかが不安になるというものだ。

非常に簡単な文、たとえば「今朝、公園に猫が2匹いました」とか「彼の娘は先月結婚しました」という文であっても、さあ、外国語で書けといわれた場合、文法知識があやふやだと語尾を間違えかねないが、逆文で練習を積めば語尾変化も正確に覚えられることだろう。

ただ私が疑問に思うのは、逆文が効果的なのは簡単な文章のときだけではないかということだ。ある程度の実力をつけた外国語の場合、それなりに長い原文を日本語に訳し、原文を忘れた頃にその訳文を外国語に翻訳しなおす場合、さまざまな訳し方が可能になるはずだ。ということは原文とは異なる訳しかたをしても正解ということもありうることになる。しかし、原文以外の訳しかたをした場合、その訳文が文法的に合っているかどうかは自分では判断できない。ここが逆文のデメリットではないかと思うのだ。

このデメリットのおかげで私はこの逆文にはそれほど興味がもてないのである。

では、私が推奨したいライティングメソッドは何か。

それは自分が読んだ書物の中で感銘を受けた箇所をノートに書き写すといういたってシンプルなものだ。

書き写すのは自己啓発書でもいいし、小説でもいい。あるいは、聖書でもいい。読んでいるときに感銘を受けた文にアンダーラインを引いておき、それをひたすらノートに書き写すのである。

この方法は逆文と比べれば非常に簡単だ。なにしろ原文を日本語に訳し、原文が忘れたころにその訳文を原文に訳すという七面倒なことをしなくてもいい。

思い立ったが吉日、やろうと思ったらすぐに大学ノートを取り出してきて、そこに感銘を受けた文を書き写すだけでいいのだ。

やってみれば分かるが、書き写すという行為は単に読むだけよりも遙かに記憶に定着する。したがって、意識しようがしまいが、語尾の変化やスペリングも定着してくるのである。しかも、それを自分が感銘を受けた文でやるのだから楽しくないわけはない。やって損のないメソッドだと確信している。

手前みそになるが、私は20代前半のころからずっとこの方法でライティング力をつけ、20代後半には英日翻訳だけでなく日英翻訳も手掛けるようになった。その後、30歳でイギリスの大学院に留学し修士号を取得するに至ったが、2万ワードの修士論文を執筆できたのも、20代のころにずっとこの方法でライティング力を身につけていたおかげだと思っている。

読んで読んで読みまくっても、それだけではライティング力は磨かれない。ライティング力を磨くには書くしかないのだ。しかし実際のことろ書くのは大変だ。その大変さを軽減してくれるのが私の「感銘した文をただ書き写す」というメソッドである。スペルも覚えられるし、文法事項もしっかり身につく。いや、それよりもなによりも、感銘を受けた文を書き写すので、書き写せば書き写すほど自分の人生が豊かになるのがいい。

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