理性を磨く手段としての外国語学習、学問、資格、勉強の楽しみを語る

社会人に英語力は必要か

ロンドンブーツの田村淳氏がabematvの「青学一直線」という番組で青学の一般入試に挑戦している。(関心のある人は無料で視聴できるので「abematv」で検索してみるといいと思う)。

青学出身の私は興味をもって見ていたが、全学部入試の結果は不合格だったようだ。本人の弁では英語ができなったのが敗因のようである。

大学で学問をやりたいというのなら、社会人入試やAO入試、あるいは青学以外の通信制の大学に入学するという手もあったはずなのに、彼は青学の一般入試を受けたのである。青学に合格するには、それなりに英語力がなければならないが、それをあえて一般入試に挑戦したわけである。

彼の青学挑戦にはネット上でも様々な賛否両論がある。しかし、ここではそれは論じない。ここでは、はたして社会人にとって英語力は必要なのかを考えてみたいと思う。

私は、日本に住む社会人で、かつ、日本国内だけで生活し、(英語力が必要とされない)仕事をし、日頃外国人と接する機会がない人であれば、英語力は必要となることはまずないと思っている。

もちろん英語を勉強したければすればいいし、英語を勉強する意義は途方もなく大きいとも思う。しかし本人が興味がないのであれば、英語など勉強しなくてもまったくかまないし、英語ができなくても日本語を通して学問もできるとも思う。

本当に大学で学問をしたいのであれば、社会人であれば、通信制の大学という手だってあるのである。というより、仕事をしている社会人が本気で卒業を考える場合、通学課程よりも通信課程のほうが現実的である。通学課程の場合、すべての科目を授業に出席して履修しなければならないし、ゼミも卒論もある。さらにゼミ合宿があるゼミもあるだろうし、通学していると人とのかかわりは避けられない。非常に負担が大きいのである。

私は慶應大学文学部、日本大学法学部、日本大学商学部、ロンドン大学哲学部を通信制の課程で学士号を得ている。

ロンドン大学の場合は英語力がなければ学位は取れないが、慶應大学や日本大学の場合は、「英語」の科目で単位が取れる程度の英語力さえあれば、学位は取れる。正直に言うが、慶應大学通信課程の「英語」の科目で単位を取るのは、慶應大学に一般入試で入る英語のレベルよりも低いレベルでも可能だ。

では、通信制の大学でどんな科目が学べるのか。例えば、日本大学法学部の場合、民法、商法、会社法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法、憲法、知的財産法…と法律関係の専門科目が学べる。そして、こういう法律関係の専門科目を学ぶ際に、英語力はまったく必要とされないのである。同じように、慶應大学文学部にしても日本大学商学部にしても、専門科目を学ぶ際に英語力は必要とされない。(ただし文学部の英語関連科目など一部の科目は除く)。

もちろん大学教授になり、国際的なレベルで学問を究めたいという人であれば、英語力はあったほうがいいだろう。というより、英語力がなければ、ほとんどの分野で最先端の研究はできないだろう。だからそういう意思のある人は英語力が必要となってくる。

しかし、そういった学問を究めたいというごく少数の人を除けば、英語力などなくても学問はできるのだ。

もっと言えば、大学に入らなくても、独学で学問をすることもできると私は思う。例えば、経営学に興味があれば「経営学検定」を受けるのもいい。経済学に興味があれば「経済学検定」を受けるのもいい。法律に興味があれば「法学検定」や「ビジネス実務法務検定」などの法律関係の資格に挑戦するのもいい。ITに興味があればIT関連資格もたくさんある。外国語に興味があるのなら仏検、独検…とたくさん外国語の検定もある。それらのほとんどすべては英語力がなくても合格できるのである。

結論として、日本に住む社会人で、かつ、日本国内だけで生活し、(英語力が必要とされない)仕事をし、日頃外国人と接する機会がない人であれば、英語力は必要となることはない。しかも、(たいていの人にとっては)学問も日本語だけで十分にできる。ただし、英語を学びたい人が英語を学ぶのはいいことだし、実際、英語を学ぶ意義は途方もなく大きいと私は信じている。

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