理性を磨く手段としての外国語学習、学問、資格、勉強の楽しみを語る

ひょんなことから出版翻訳家になった

  • HOME »
  • ひょんなことから出版翻訳家になった

「自分の翻訳書が全国の書店に出回るなんて…」

20歳のころ、将来、自分が訳した本が書店に出回るのを夢見始めました。

でも、それは夢の夢の夢の夢。

どうやって出版社にコネをつければいいのかもわからなかったし、そもそも翻訳の実力もなかったのですから、実現するわけはないと思っていました。

でも、それは30歳になったときもそうです。27歳から産業翻訳の仕事は始めていたものの、どうやって出版社にコネをつければいいのかが分からない以上、実現するとは思えなかったのです。

私は30歳でイギリスに留学しましたが、修士号を取得して帰国したときは32歳になっていました。

帰国後すぐに就職が決まると思っていましたが、なかなか就職が決まらず、朝から晩まで何もしない日々が過ぎていました。仕事がない日々を送るのは当時の私としてはとても辛かった。

当然、日に日に生活費はかかるもので、やがて貯金は底をつき、借金生活に入ったものの、就職も決まらないまま。

ですから、毎日毎日やることがないのです。就職活動はしていても、それ以外には毎日毎日やることがない。

しかし、何もしないわけにはいかないので、夜な夜な、イギリス留学中に読んで面白かった原書を1ページ、また1ぺージ、また1ページと訳し続けました。

もちろん、訳したからといって、それが翻訳書になるとは思っていません。第一、関心をもってくれる出版社だって見つかってはいません。

でも、何もすることがないので、苦し紛れに夜な夜な翻訳に取り組んでいました。

そんなことを繰り返していると、数か月たったころ、50ページ程度、訳し終えていました。

帰国後半年たったころ、ようやく英会話講師の職を見つけました。

借金は40万円くらいに膨れ上がっていましたので、返済するのも一苦労。もう毎日毎日がお金の悩みで地獄の日々でした。結局、借金を返し終えるまで1年かかりました。

50ページほど訳した原稿は、ある出版社に郵送していましたが、もちろん、なしのつぶて。

それから2年くらい経った頃だったでしょうか。とっくの昔に忘れていたその翻訳原稿が編集者の目に留まったのでした。

お電話をいただき、「面白そうだから、ぜひウチで出版したい。残りを大至急訳してもらえないか」と言われました。もちろん、印税も支払ってくれるとのこと。

私は残りの150ページを1か月で訳すと、その2週間後には、なんと書店に並んでいたのでした。

34歳にして初の翻訳書出版にこぎつけた瞬間でした。ありがたいことに、その本は重版になり、重版印税も入ってくるという僥倖に恵まれました。

PAGETOP
Copyright © 知は力:名言 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.