理性を磨く手段としての外国語学習、学問、資格、勉強の楽しみを語る

金、金、金・・・の出版業界に嫌気がさした

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私が作家になりたいと思い始めたのは、イギリス留学時代だ。

当時、私は在英邦人のための新聞によく投稿し、よく掲載されていた。多くは、私の異文化体験を面白おかしくエッセー調に書いたものだったが、書いている自分も楽しかったし、それで編集部には感謝され、謝礼までいただけるのだから、これほどうれしいことはなかった。投稿しているだけなのに、編集部経由でファンレターが届いたこともあった。私が作家を夢見るのも不思議はなかったのだ。

やがて私はその新聞でエッセーの連載を依頼された。生まれて初めての原稿依頼である。しかも、そこそこのお金がもらえる。これで味をしめた私は、将来、日本に帰国してからは作家として食べていこうと決意したのだった。

帰国した私は早速、ほうぼうの出版社に売り込んだ。来る日も来る日も売り込んだ。

アルバイトをしながらも2年、3年と売り込みを続けていると道は開けてくるものである。やがて某雑誌社からエッセーの連載を頼まれ、さらに著書の出版、翻訳書の出版…ととんとん拍子に夢が実現するに至った。そして専業の作家・翻訳家になり、5年が経つころにはベストセラーにも恵まれた。

嬉しさの絶頂だった。

okane2当時の私が不思議で不思議でしかたなかったのは、出版社の編集者が売り上げしか関心がないということだった。私が受けた印象は、編集者の頭の中は1に金、2に金、3に金、4に金、5に金、6に金、7に金、8に金、9に金、10に金だった。「それは違うよ」などと言わないでほしい。なぜなら私がそういう印象を受けたということ自体は間違っているわけではないからだ。少なくとも私にはそう見えたのだ。

編集者と話したときに必ず聞かれるのが、「これ、初版何部ですか?」「これ、売れてますか?」「結局、この本、最終的にどれだけ売れましたか?」であった。もちろんこれは1人2人の話ではない。私は100人程度の編集者とのつきあいがあるが、全員である。それだけ彼らは売り上げに敏感なのだ。まるで受験を控えた高校生が、真実の探求などおかまいなしに、模試の偏差値だけにとらわれているようなものだ。

でもまあ、それはまだかわいいものだ。

私が、しょうがねぇなぁと思わざるを得なかったのが、ほとんどの編集者が、そのときそのときで大ヒットした作品をまねようとすることだった。大ヒットした作品のタイトルをまねる、表紙カバーのデザインをまねる、見出しの作り方をまねる、本の内容をまねる、とにかくまねをしたがるのだ。まねをすることを全否定しようとは思わない。まねをしてうまくいく場合もあろう。しかし、私の目からすれば、度を超しているようにしか思えなかった。

ただ、編集者にとっての最大の関心が売り上げを伸ばすことであるという事情を考慮すれば、それもいたしかたのないことだろうと思える。きっと私が編集者だっとしても、似たようなことをやるだろう。

しかし、である。彼らのうち何割かは「やってはならないこと」までやる。約束していた原稿料や印税をカットするとか、原稿料や印税の支払期限を勝手に遅らせるというのはまだ序の口で、ひどい場合は、出版間際になってから「売れそうにない」という理由で出版を勝手に中止し、ほっとらかしにするのだ。これは正直、相当こたえる。身ごもった赤ん坊を出産間際になってから勝手に堕胎させらるような衝撃である。

今から思い返せば、私が文章を書いていて本当に楽しかったのは、売れ行きがどうだとか原稿料がいくらもらえるかといったことをまったく気にせずに、好きなことを好きなように書いていたイギリス留学時代である。日本に帰国してからも数冊は自分の好きなことを好きなように書いていたので、それも楽しかったといえば楽しかった。しかし、ある時期から、編集部の「売れる本を書かせよう」という期待に応えようとして書き始め、だんだん書くのが嫌になってきたのだった。だって、他人が書いた大ヒット作の二番煎じを私に期待されても、そんな作品、最初からそれほど書きたいと思っていないし。

テレビ業界でも「視聴率ばかりを気にするディレクターにうんざりした」などといって引退する大物芸能人もいるらしいが、やはり、金を第一に考えてしまうと、何かが間違ってくると思うよ。

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