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隣人愛について

sora人間として生きる上で最も重要なことは何でしょうか。

新約聖書では、最も重要な掟は神に対する愛と隣人愛だと説かれています。

  • 『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい』(マタイ22:34)

では、隣人愛を実践するにはどうすればいいでしょか。新約聖書では次のように説かれています。

  • 人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」(マタイ7:12)
  • 人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい」(ルカ6:35)

では、隣人とはだれでしょうか。ここでいう「隣人」とは近隣に住んでいる人という意味ではありません。まったく知らない人も「隣人」になりえます。

イエスは隣人とはだれかと問われて次のように答えました。

  • 「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見てあわれに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか』(ルカ10:29)

自分が愛してくれる人を愛することは容易なことです。しかし、見ず知らずの人が困っているとき、あなたは自腹を切ってでも助けるでしょうか。見返りを一切期待しないで助けるでしょうか。

  • 「自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか」(マタイ5:46)

自分を愛してくれる人を愛することがいけないわけではありません。しかし、それはだれでもできる容易なことです。隣人を愛することこそ、「いと高き方の子」としてすべきことと言えるでしょう。

  • わたしたち強い者は、強くない者の弱さを担うべきであり、自分の満足を求めるべきではありません。おのおの善を行って隣人を喜ばせ、互いの向上に努めるべきです。キリストも御自分の満足はお求めになりませんでした。(ローマの信徒への手紙15:1)
  • 各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。(コリントの信徒への手紙二9:7)

おのおの善を行って隣人を喜ばせば、きっと神が愛してくださることでしょう。

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